2010年8月20日金曜日

辛い夏

19日、北海道東川の産直産地矢澤農園さん、美瑛のじゃがいも生産者外山さんを訪問しました。

気温は31℃、路面温度42℃。
お盆過ぎの北海道ではありえないそうです。

雲もほとんどなく、外山さんのじゃがいも畑はすっかり乾いているように「見えました」。
ところが、掘り起こした芋を見ると、普通は付かない土がこびりついています。
「ここのところ晴れているから土の表面は乾いているけれど、先週までのひどい雨で、土の中はまだまだ湿っているんだよ。だから、こんなに土が芋にこびりついている。普通なら土はさらさらなんだよ。それに、この高温でしょう。畑で腐ってしまうよ。それに春の低温でほら。」
掘り上げたじゃがいもは、小玉で、さらに一株につく玉数も少ない。
畑には、先週の大雨の爪痕が。畑に川が出来ていたそうです。
それでも、様々な工夫で、出来は周りに比べまだましのようだ、と同行してくれたエプロンの堀江さんは話してくれました。


東川の矢澤さんのところでは、にんじんが非常に厳しく、豪雨のあとの高温で、まるで畑で煮えた状態。収穫したあとの日持ちがせず、翌日には傷んでしまう。おまけに、畑で抜いてみたにんじんは、高温の影響で、割れが出ていました。

北海道は梅雨がなく、本州に比べ気温も低かったから、安定的な品質で作物の栽培が出来ていたと思うのですが、ここ数年は明らかにおかしい。
「こんなひどい年ははじめて」とみなさんから毎年聞いています。
つまりそれは、ひどかった去年よりもひどい、ということでしょう。

でも、外山さんも、矢澤さんも、この厳しい中で、めげている暇はないと必死で頑張ってくれていました。


共同購入は見て買うことが出来ないから、スーパーの店頭で並ぶ以上に完璧に近いものをお届けしなければならないのだけれど、これからはそうも言ってられない。異常は来年も続くでしょうしこの状態のままでは生産者が続けられないと思いました。
これからは、基準を緩めるのではなく、「予測できない異常事態に予め対応できるようにする」ことが必要だと強く思いました。特に2ヶ月前に紙面をつくる共同購入では。

暑い暑い外山さんの畑でお話をしていたちょうど同じ時間、二つ隣の芦別市で、1時間に80mmの集中豪雨があったそう。同じ時間です。夜のニュースで知り、びっくり。

もっともっと考えなければ。

2010年8月16日月曜日

お盆の風景

8月13日、父親の実家がある古川へ行きました。

そこは本格的な農家で、母屋に牛小屋があります(今はそこに牛はいないけれど)。
風呂は離れ。敷地内には牛小屋(現在12頭くらいがいます)、敷地各所にトイレが3つ(もちろん汲み取り)、畑、ビニールハウスが3棟、たっぷりの堆肥、そして北西の隅に鳥居がありお稲荷さんが鎮座しています。

私は住宅街育ちで、母も東京の人なので、昔ながらのお盆の食事や風習などが実感としてわかりません。男・中澤さんの言葉(単語)が分からないのもそのためです。
今回は、それを体感しに、意識して墓参りをしに行ったのでした。

夕方、それまでひとしきり遊んでいた子供達は豆もぎをさせられていました。
不思議なことに、一生懸命もいでいました。

暗くなってきたら迎え火を炊きました。
広げた鉄板の上で、今では貴重な麦わらを炊きました。麦わらは稲わらと違い、パチパチとはぜるのです。なんとなく、祖父母や兄弟など昔逝った人々が火を目指して帰ってきているような気がしました。

夕食もご馳走になりました。
祖母が生きていた頃は確かいつもずんだ餅を作ってくれていたと思います。祖母の餅、大好きでした。
今はお盆料理というよりは、人が集まった時の料理、という感じで、刺身、煮物、子供らがもいだ枝豆、最後にそうめんなどを頂きました。どれもおいしくあたたかく、ごちそうさまでした。

子供たちは、畑からとってきたとうもろこしやすいかなどをがっちり食べていました。
食後は花火。線香花火が綺麗でした。

少しずついろいろな物(風習)がうすれていき、私もすでに分からない。父(64歳)から「昔家には囲炉裏があって」「馬車で練炭を買いに行った」などと聞くととても現代とは思えません。でも大人になるほど、それらの話はありがたく感じるのです。
どれだけ子供たちに伝えられるだろう。そう思ったふるさと帰りでした。

2010年8月7日土曜日

都会の森 沁み込むJAZZと 蝉しぐれ

品川駅の駅ビルで、秋・冬の有機栽培品の打ち合わせをしました。

今年の春のフーデックスで出会い、一緒にお取り組みをさせていただいている業者さんで、そのお若い部長さんは、まるで5月の小岩井農場に吹く風のようにとても爽やかな方です。秋の終わり頃、面白い企画が出来そうです。

打ち合わせが終わりお別れをしたあと、近くにあるスーパーでも覗こうと品川駅のまわりを散策していると、スピーカーから聞こえてくるにはあまりにリアルな、ドラムとベースの音が聞こえてきました。ガヅンと。
音に誘われてそちらへ向かうと、そこはビルの隙間に作られた都会のオアシスのような場所。木立も作られ、頭上からはひっきりなしの蝉しぐれ。

どうやら無料の音楽イベントのようでしたが、その演奏が抜群にうまい。歌もしびれるほどうまい。おまけにトークもうまい。座っている場合じゃない。
河波浩平さんというJAZZシンガーの方で、ボサノバやビートルズの「blackbird」をアレンジして歌っていたのですが、これがまた沁みる。またベースの方がうまい。6弦ベースで、ベースなのにボサノバのコード演奏もしていてびっくり。ピアノもまたすごいんだ。そして結構地味だったドラムが最後に驚きのソロ。くぅー。

聞きながら、高校生の頃、吹奏楽部で普門館(←吹奏楽の甲子園)目指し頑張っていた頃を思い出しました。17歳の夏でした。
ジャンルは違うけれど、みんなで一つのものをつくる快感。
放課後、みんなが帰ったあとの教室で、各セクションに分かれ日夜練習していました。私は低音パートのリーダーで、担当楽器はチューバ。合言葉は「一音入魂」。みんなで同じ夢を見ていましたね。
そういえば追い込みで練習していたあの頃も、蝉しぐれが降り注いでいた季節でした。

昨日は立秋ですが、秋はまだまだのようです。

カットかぼちゃと菊池桃子

茨城の野菜カット工場に来ました。
かぼちゃのブロックカット品の企画についての商談、打ち合わせです。

かぼちゃはもぐらやみみずなどの害敵によっていたずらされると皮の一部がかさぶたのようになってしまい(産地では「がんべ」といいます)、商品価値がぐっと落ちてしまうのですが、味は全然問題ありません。北海道美深にはサンネットのために、組合員さんの声に答えて、味は抜群だけどつくりづらい品種をあえて一人で作ってくださっている方がいらっしゃるのですが、せっかく作ってくれたけれども「かさぶた品」もなんとかならないだろうか、そんなことが、今回のブロックかぼちゃの発端でした。

どのくらいの大きさがいい、どんな量目がいいなどいろいろと打ち合わせをし、とても衛生的な施設を丁寧に見せていただきました。今年の晩秋には紙面でお目見えできるかと思っております。

この施設はホクレンさんの加工センター。施設内はSさんという方がご案内してくださいました。瞳の綺麗な方でした。懇切丁寧に分かりやすく施設内を案内してくださり、上品で控えめで、しかし説明はポイントをついていて。爽やかな笑顔、しなやかな振る舞いはとても印象がよく、まかせて安心、と確信したのですが、でも私には一つだけ、どうしてもどうしても気になって仕方が無いことがありました。

それは、ご案内してくださったSさんがどことなく菊池桃子に似ている、ということでした。その理由は、見詰められると吸い込まれてしまいそうな瞳でした。
でも、初対面でそんなこと言えません。でも言ってみたい。でも言えない。
施設も、ご本人も写真はNGとのことでした。

東京に帰る車中、私はホクレンY井さんに自分の印象を言ってしまいました。
Y井さんは菊池桃子自体あまり知らず、「ラ・ムーですか?」との反応。ラ・ムーです。
Sさん、似てるって言われたことないかなぁ。もちろんSさんは男性です。

共同購入のことも充分理解していただいており、このみなさんにだったら産地で困っていることを組合員さんのメリットとしてしっかりつなげていただけると感じたのでした。
生野菜のお手軽便利品は今まで企画として少なかったので、これから頭をひねっていこうと思っています。



2010年8月6日金曜日

祭りの朝 ~仙台七夕~


今月8月6日から8日までの3日間、仙台では東北3大祭りの一つ、「仙台七夕」で街中が賑わいます。新暦の月遅れで、毎年この時期に行われます。






仙台市内にあるアーケード内で、専用の竹に短冊や吹流しなどのいろいろな飾り付けをするのですが、最後の吊るし方は当日朝準備するところが多いようで、豪華絢爛にはもう一息。みんな鋭意準備中です。

全国各地から、毎年3日間で200万人が訪れます。

地元に住んでいるとあまり行かないし、ただ飾ってあるだけで人ばかり多く、最近まで退屈だなぁと思っていました。でも子どもが生まれてからは毎年来るようにしています。我が細君は横浜の生まれで、七夕の時期に仙台へ引越してきたのですが、七夕の飾りを見てその豪華さにかなり驚いたそうです。そこにいると、分からないことが多いです。

今日は広島へ原爆投下の日。七夕飾りの中には平和七夕というものがあり、全国から集まる100万羽の折り鶴の中から18万羽を吹流しにし、その他の折り鶴は観光客に平和のメッセージを込めて贈られています。


七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず

夜空かがやく星に 願いをこめた君の囁き

季節(とき)はめぐり また夏が来て

あの日と同じ 七夕まつり

葉づれさやけき 杜のみやこ

あの人は もういない

(青葉城恋唄)


この季節に必ず流れる歌ですが、しみじみ聞くといいうたです。

今日見た飾りの短冊にもたくさんの願いが書いてありました。


これから、東京はAKBに行ってきます。

もちろん仕事です。ホクレンで2番目に背の高いY井さんと打ち合わせです。

2010年8月4日水曜日

つみきのいえ

ここのところ出張がないので、毎晩8歳と5歳の娘たちにせがまれ枕元で絵本を読んでいます。

夕べは「つみきのいえ」という絵本でした。
昨日も、一昨日もその前も「つみきのいえ」でしたが。
なぜ同じ話を毎晩聞いていて飽きないのでしょう。不思議でたまりません。
でも、この本は、読み手として何度読んでも飽きないのです。


おじいさんが住むまちは、海の水がだんだん上がってきてしまうまち。
水が上がるにつれて、いえのうえにいえを建て、そのいえのうえにさらにいえを建て・・・。
だからそのまちのいえは、まるでつみきを積み上げたようないえなのです。
ある年の冬、また海の水が上がってきて、新しくいえのうえにいえを建てようとしたおじいさんは、うっかり大工道具を下のいえへ落としてしまいました。道具を拾いにしたのいえへともぐっていくと、そこは昔おばあさんが生きていた頃いっしょに住んでいた家でした。
おじいさんはさらにもぐっていきました。思い出をさかのぼって。。。


大人は大人なりに、子供は子供なりに毎日いろいろと大変ですが、それぞれがそれぞれのつみきのいえを積み上げているのだろうなぁ、きっと10年後には毎晩絵本をせがまれている今のことを思い出すのだろうなぁ、と夜な夜なせがまれ読みながら思うのでした。
自分がもう寝たくてたまらない父親は、早く寝てくれ、お願いだからと、切に願いながら、半分眠りに落ちながら今宵もきっと読ませていただくのでしょう。


「つみきのいえ」は2009年2月に第81回アカデミー賞で、邦画初の短編アニメ映画賞を受賞した映画の絵本版です。

2010年8月2日月曜日

さよならなんて、言えないよ・・・

子供たちと「トイ・ストーリー3」を見てきました。

子供むけのディズニー映画だけれど、3作ともとっても素晴らしい作品で、とても好きな映画です。
3Dは頭が痛くなるので通常上映版を見ました。

トイ・ストーリーは、1995年に全米公開された、全CGによる映画。
古めかしいおしゃべりおもちゃのカウボーイ、ウッディとその仲間たちは、実は生きていて、人間たちが見ていない隙や寝静まった夜などに生き生きと活動しています。そして、おもちゃ達はみんな、持ち主の少年アンディが大好き。おもちゃ達にとっては遊んでもらうことが最高の喜びなのです。
自分が昔持っていたおもちゃ達も、もしかしたら生きていて・・・。と思わせるほどリアルで親しみのあるキャラクター達がいっぱい出てきます。

「3」は、大人になったアンディとの別れの話。
おもちゃは年をとらず、少年だけが大人になっていく。おもちゃ達は、あたたかかったあの頃を忘れられず、もう一度遊んでもらいたい。でもそれは叶わない夢。。。

我が子供たちは今おもちゃやぬいぐるみに囲まれています。なぜか犬のぬいぐるみに「柿」と名前を付けたり、おむつをはかせたり、添い寝したりしています。夜中には吹っ飛んでいますが。
映画を見ながら、笑い転げながらも最後には子供ながらにうるうるきていたようでした。
最後のシーンは、昔子供だったことを覚えている人は、きっと感動すると思います。
子供たちは今持っている大切なおもちゃを、ずっと大切にする、と言っていました。その気持ちが宝物だなぁと思いました。


「さよならなんて、言えないよ・・・」
この映画のキャッチコピーです。
パート1から15年続く物語の切なさを、たった一言で表した秀逸なコピーです。
ある人が「キャッチコピーは読む人のためのもの」という表現をしていました。
そのとおりだと思いました。

引き出しの奥にしまい込んでいたことを思い出させてくれ、また丁寧にたたみ直してくれるような、そんな素敵な映画でした。