2013年1月31日木曜日

フルーツボックス ストーリー

「震災で命を落とした義弟の仏前にもあげました。

ありがとう!」


今年も、紀ノ川農協の産直フルーツボックスが始まりました。

上の声は、ボックスを買ってくれた組合員さんから今日届いた、産地へのメッセージです。


フルーツボックスには、紀ノ川農協の松本専務からこんなメッセージが入っています。

「組合員のみなさまへ
和歌山のフルーツで、みなさんの食卓を少しでも豊かにできますように、今年もフルーツセットの企画がスタートです。
果物の魅力を改めて皆さんに知っていただけますように、がんばって参ります。

紀ノ川農業協同組合
専務理事 松本 和弘」


「作る」の後ろには、作る人の数だけの思いとストーリーがあり、

「食べる」の後ろにも、食べる人の数だけの思いとストーリーがあります。


それが交わった時、それぞれまた次のストーリーが始まるのだと思います。

その連鎖が、産直なんだろうなぁと思いました。


届いていますか。

こちらには届いていますよ。

チラ苦い、最高のフルーツと一緒に。



2013年1月30日水曜日

おだて上手と4年梅干し

おだてだと分かっていても嬉しくなるのはなぜでしょう。

それは、ただ純粋に、単純だからなのでしょう。

それも分かっている。

分かっているんです。

でもいいじゃないですか。

それで頑張れるのなら。



しめじの梅かつお和え。

4年前に、まだ小学1年生だった娘と漬けた梅干しがまだ瓶に残っていて、それを使いました。

形はしっかりしているのに果肉はとってもやわらかくて、奥行きがあるっていうか、まろやかっていうか、不思議なほど酸味のやさしい梅干しになっていました。

しめじの歯ごたえと大葉の香りがいい。


よし。

作ったぞ。

なんだか宿題を終えた小学生の気分です。


まあ、単純さも、持ち味ということで。

小学生ほど素直じゃないけれど。

2013年1月29日火曜日

ミカンズ


ミカンズたち。

左から、宮川早生、丹生(にゅう)、大津4号。

みかんの品種名です。

それぞれの出回り時期があり、それぞれの味わいがあります。

でも。

ここに宮川が加わることはあんまりない。普通は年内にお目にかかる品種だからです。

今の時期に宮川はなかなかズルい。

僕は、宮川を最後に食べました。


みんなおんなじ顔をしているけれど、いろいろ違うんですよ、みかんも。

上の3人、ちょっと離れたところから何かを見ているようです。

さて、何を話しているのでしょうか。


ミカンズ 甘くて 酸っぱい言葉 かますぜ
ミカンズ 俺達 虹の橋を渡ろう
(ミカンズのテーマ)

2013年1月28日月曜日

遠くで近くで

子どもは、出来ることが増えてきていっちょ前になってくると、生意気加減も増してきて、さも自分一人で育った顔をし始めはじめます。

し始めるのでしょう。

それを見て育ての親は、こしゃくなやつめと思ったり、頼もしく思ったりあるいは頼りなく物足りなく思ったりするのでしょう。

そして、いつまでも気にかけ続けるのでしょう。

離れると、なおさらなのかもしれません。

それは何も親と子だけではありません。

育てる、育てられる。

その関係はずっとそのままです。

大人になってから高校の頃の先輩に会うと、一瞬で先輩後輩です。社会的な立場とか仕事とかは一切関係ありません。一生先輩後輩です。

それは、社会でも同じです。

そういった関係の中で、いろんなことが引き継がれていくのだなぁと思います。


ありがたいことです。

とても、ありがたいことです。


2013年1月25日金曜日

野菜チップスと、女ゴコロと、あまおうと


野菜チップス。

流行になっていることを、今頃知りました。

なんでも12月まで放送していた「結婚しない」というドラマの主人公が、いつも野菜チップスを食べていたそうで、そんなんで火が着いたそうな。

TV見ないのでさっぱり分かりませんでした。
いけませんね。

推測だけれど、きっと女性に流行っているのでしょう。

だって、僕の席の近くに座っている、ズボンから時折シャツがチロッと飛び出す「ゆるキャラ」みたいなおじさん職員は、きっとこんなおしゃれな野菜チップス買わないだろうなぁ、餃子とかレバニラっていう雰囲気だもんなぁ。まあぼくも立派なおじさん職員だけどなぁ。レバニラは食べないけどなぁ。


何が流行るか、本当に分からないものです。

流行の多くは女性が作るんだろうなぁと思います。
流行のスパンって、女性の興味のスパンと同じなのかもなぁと思ったりします。

やっぱり女ゴコロかぁ。。。


彼女(主人公)が野菜チップスを食べる時というのは、何か嫌なことがあった時なのだそうで、公園でビールのつまみに野菜チップス、だったようです。

おいしさとかヘルシーっぽさとかオシャレっぽさとか、そのものの持つ魅力だけじゃなく、そんなシチュエーションもきっと共感を呼んだりするんでしょうね。

今日食べた野菜チップスは、かぼちゃ、さつまいも、じゃがいも、いんげん、にんじん、ゴーヤの6種類が入ったやつ。

じゃがいもは安定しておいしい。

大人でもゴーヤは避ける。

にんじん甘い。でも嫌いな人がいた。

いんげん、意外とイケる。


なかなか手が止まらなくなり、困ります。


デザートは超大粒のあまおう。
粒粒まで真っ赤です。
おいしい証拠です。
ちなみに粒粒の一つ一つが「いちごの実」です。種じゃありません。

我ながら食べてばかりだなぁと思いつつ、野菜果物だからいいでしょうと、誰かに言い訳するのでした。

2013年1月24日木曜日

こどものみんなの家

昨日1月23日、今年最初の委員会がありました。

久しぶりに東松島の「ひまわり集会所」に行ってみると、何やら建てている最中の建物が。

ああ、そういえば自治会のみんな言ってたなぁ、と思い出しました。

仮設住宅で暮らす子どもたちのために、集会室のとなりに子ども用の施設が出来るって。

その名も、「こどものみんなの家」。
完成イメージです。

三角屋根の左側が、今あるひまわり集会所。

集会所からこどものみんなの家が見守れる作りになっています。

僕は持っていないのでよくわからないのですが、「Tカード」(TSUTAYAのカードっぽいやつ?)というのがあるそうで、そのポイントで募金する、「Tポイント募金」が主な財源だそうです。

何でもとてもとても有名だというデザイナーの方がこの家を設計されたそうです。

伊東豊雄さんというデザイナーさんで、ヴェネツィアの国際美術展覧会で金獅子賞を取ったという、なんだかとっても凄そうな方なのだそうです。実際日本を代表するデザイナーさんなんだそうです。

仙台市にあるせんだいメディアテークもこの方のデザインだとか。
時々行きますが、あそこもそうですか、ほぉ~。

図書館などが入っている仙台市の公共施設です。


実際に作業しているどっから見ても大学生にしか見えない若い女性方は、その伊藤豊雄設計事務所の方だったようで、一心に作業を続けていました。夜遅くまでかかって作業しているそうです。


あの震災からもうすぐ2年。

震災のとき3歳だった子は5歳になります。

そして、まだまだ自分の家に戻れる日はずっと先。

委員会の中のお一人は、再び家を立てられる土地が造成されるのは平成29年なのだとか。そこからようやく家が建てられるので、早くても自分の家で暮らせるようになるまでに、あと5年はかかるということ。早くても、です。

その頃には、震災のとき3歳だった子は、10歳になります。


自治会長さんは言います。

「子どもらしく遊べる時期は今しかなくて、たぶんまだまだ普通の暮らしに戻れるのはずっと先のこと。ここで子ども時代を送る子どもたちのために、と思ってね」


実際、この施設を建ててもらったとしても、維持、管理は当然コミュニティのみんなが行うことになります。

暖炉もある立派なものなのですが、その暖炉の煙突の掃除などもしなければならない等、実際にことが動けば細かいことが出てくるもの。だから、本当は嬉しいお申し出であっても、どこの地区でも受け入れOK!というわけには行かない、難しい現実もあるのだそうです。

他地区では、このような現実的な理由から実現しなかったところもあったそうです。


でもここのコミュニティでは、自分たちで維持、管理していくことを決めたのでした。


その根底には、ここで暮らす大人たちの、子どもたちへの思いと覚悟があったのだなぁと思いました。

「大人も使うよ!」って、自治会長の内海さんはまたひまわりのようにからっからっと笑うのでした。


来月の委員会の時には、そこから子どもたちの声が聞こえてくるのでしょう。

楽しみです。


2013年1月23日水曜日

絵になる男

絵になる男、満を持して、仙台に登場です。

マッスルネームは「デンジャラス」。

その人こそ、泣く子も黙る、JA鶴岡だだちゃ豆担当の神尾さんです。


おでこのあざは、息子さんと吸盤で遊んでいて「うっ血」した痕だそうです。

泣く子は本当に黙るのでしょうか。


いつでもどこでも絵になる男です。

ほら、とっても自然でしょう?


2013年1月18日金曜日

粉雪舞う季節は

窓の外では、また雪が降って来ました。

粉雪が舞っています。

事務所でプチ席替えがありました。

大人でも席が変わるとなんとなく浮つきます。って、僕だけですね、たぶん。

頭のなかで「こーなゆきー、まうーきせーつはー」って流れて止まらなくなってしまいました。


今日予定があったのですが、急遽無くなったので、そして、粉雪も舞っているので、寄り道をすることにしました。

今月14日に東京から単身赴任で仙台に来た、和歌山出身の方といろんなお話をしました。

ついつい話し込んで、気づいたら最終バスの時間を過ぎていました。

まあいいさと歩いて帰ることにしました。

歩くのはけっこう好きな方なので。

むしろ今は歩きたいお年頃なので。

家までたかだか7.5kmです。

歩道はガッチリ圧雪で、ところどころ凍っていて、荷物がちょっと肩に食い込む重さで、道程の半分以上が登り坂で、革靴の底がしっかりツルツルなだけです。

1回しか転びませんでしたよ。案の定家の間近まで来た、平らな道ででしたね。

得てしてそんなもんです。

粉雪は家に着くまで、ずっとちらちら舞っていました。


2013年1月16日水曜日

僕もきのこ組

NZから帰ってきた翌日、1月10日のことでした。

年始のごあいさつにと、いつもお世話になっている管理栄養士さんが事務所へ来てくれて、いろいろとアドバイスをしてくれました。

僕は、いつになく真剣に話を聞いてしまいました。

なにせ、つい数日前に、真夏の彼の国で、
こんなの食べてきたばかりなので。

ちょっと重たくなって帰ってきたので。


いつまで続くかは分かりませんがさっぱり自信もありませんが。


少しだけ頑張ってみようと思います。

僕の大苦手なマラソンに例えてみれば、まずはとりあえず次の電信柱まで、なんとか走ってみようという感じです。

次の電信柱は2月12日。

きのこの浅漬。

簡単でおいしい。

もうこうなったら、エブリデイ浅漬です。

いつまで続くかは分かりませんがさっぱり自信もありませんが(←くどい)。

2013年1月15日火曜日

NZ未来日記⑪ Kia Ora!!!

1月9日。

帰国の日。

オークランドのホテルを朝6:30に出発しました。

高校生のみんなはかなり眠そう。

どうやらほとんど寝ていない子もいたようです。

宿題に出した感想文に一生懸命だったのか、名残惜しんでみんなと話が尽きなかったのか。


オークランド空港には、この旅の間ずっとお世話になったMattが見送りに来てくれました。

「築こう未来プロジェクト」だから、

感想文には、未来の、10年後の自分へあてた思いも書いてもらいました。

みんなにとっての10年後は、今の僕にとってはおよそ10年前でもあります。

今から10年前、ちょうど長女が生まれた頃の、そして、20年前、同じ高校生だった自分と重ねながら、帰りの飛行機の中で、みんなの感想文を読みました。

何度も、何度も読みました。


このプロジェクトを実現するまでの苦労が報われたなぁ、としみじみ思いました。


でも、まだスタートラインに立ったところなのかもしれません。

なぜなら、「未来プロジェクト」ですから。


発案から実現に至るまで、表で裏で、関わり支えてくれたみなさん、NZのみなさん、NZの高校生のみなさん、そして参加してくれた高校生のみんなとそのご家族のみなさん。


ありがとうございました。




「10年後、27歳の自分は夢である青年海外協力隊に参加し、国際協力すると共に、今後の人生や新しい価値観を得てまたニュージーランドに来たい。

次に来るときは違った新しいニュージーランドを知ることが出来ると思う。自分には日本だけに範囲を絞らず、世界に強い憧れがあるので、ニュージーランドなど他国で世界を股にかける仕事に就きたい」
(2年生 男子)


「自分の今の夢は中学校の英語の教師になることだ。

しかし、ニュージーランドに来て、自分の知っている職の他にも様々な職があることを知り、そういった職にも興味を持った。石井さんは、自分が興味を持ったこと、好きな事を本気でつらぬけと言っていた。

この6日間を通して、石井さんたちの話や、現地の方々の話を聞き、英語の教師だけでなく、他の職にもついてみたいと思った。これから10年間、自分にどのような心境の変化が訪れるか分からない。
だから自分の価値観を見出して、本当に自分に会った職に就けるようになりたい」
(1年生 男子)


「10年後の私は自分のやりたいことが出来ていますか?

私は今回、自分の将来の夢をせまくしかとらえていなかったことに気が付きました。

中学校の頃から夢見ていた理学療法士の仕事。でも、その1つだけが将来の夢じゃなくたっていいんじゃないかな。たくさんいろんな事を経験してその中で将来の夢を決めていいと思う。もしそれが理学療法士じゃなくっても、理学療法士でも、その夢にむかって頑張れたらいいな。

あの大きな震災をのり越えられた私達だから、より人の大切さや普段の暮らしがとても幸せだと知ってる。その幸せをいろんな人に知らせてあげられるような大人になりたい」
(1年生 女子)



「27歳になった自分は、看護師として働き患者さんと一緒に病気と闘う存在になっていると思う。そして、看護師としての知識を十分に得、夢である海外で看護師として働く大きな一歩を踏み出す頃だと思う。

誰かのために、自分の持つ全ての知識を使った支援の出来る人材となり必要とされる存在になっていて欲しい。

最後に、

このプロジェクトを開催して頂き本当にありがとうございました。
自分たち子どもの未来を思って下さる大人の方がいてくれること、未来の為にこういったプロジェクトを開催して頂けることが嬉しいですし、幸せだと感じます。

この6日間で得たものは必ず人生に活かし、今以上に最高の人生を作り出すきっかけになってくれると感じています。関わってくれた皆さんへの感謝の気持ちを忘れず成長していきます。

ここでの出会いは忘れません。本当にありがとうございました。

必ず輝くビックな人になります!!!」
(3年生 女子)


2013年1月14日月曜日

NZ未来日記⑩ ゴメンナサイの朝

日本より4時間早くやって来る、ロトルアの朝。


爽やかな朝。

だったのは。

僕だけだったかもしれません。。。


ここ、マオリの村での宿は、男部屋、女部屋に分かれるだけで、みんな相部屋でした。


そのため、わたくし、同部屋の男子たちに、多大なる御迷惑をお掛けしたようです。


1時間おきに起こしてしまった完全な寝不足のMattからもらった新しいニックネームは。

「チェーンソー」。。。

・・・ゴメンナサイ。


さて気を取り直して、出発です。

ロトルアからオークランドへは、ひたすら陸路。

4時間弱くらいかかったでしょうか。


途中スーパーによって昼食を買い込み、オークランドの公園でランチ。

みんな思い思いにスーパーでいろんなものを買っているんだろうなあと思ったら、ほとんどのみんなはスーパーの敷地内にある、おなじみマクドナルドでお買い物でした。

でも、それが正解だったかも。

僕はスーパーでパンとチーズとコールスローを購入。

僕もおこぼれにあずかり、たぶんNZにしかないのかなっていう、マックのラム肉のバーガーを頂きました。(実はオーストラリアにもあるそうです)

これが巨大過ぎて、途中でギブアップ。
伝わらないと思いますが、かなり大きい。

直径18cmくらいはありましたね。控えめに言って。

小さめのホールケーキくらいの大きさでした。

味も独特で、ラムじゃなくってもって感じでしたが、まあ何事も経験です。

我らがジャパニーズ草食系ボーイズが食べていたチーズバーガーがやけに美味しそうに見えたものです。


こんなものばかり食べているから、日本に帰って量ってみたら、少し大きくなっていました。。。


もう新しいニックネームをつけられることのないよう、そして、人様にご迷惑をおかけしないよう、節制に努めようと思ったのでした。


・・・ゴメンナサイ。

NZ未来日記⑨ あれが南十字星

1月7日。

ニュージーランドがまだニュージーランドと呼ばれるずっと前からこの島に住んでいた人々、マオリ族。

そのマオリの人々の聖地と言われているロトルアに来ました。

ニュージーランドはマオリ語で「アオ・テア・ロア」と言います。

「白く長い雲のたなびく地」という意味です。


今日の宿泊先は、ロトルアの森に囲まれたマオリ文化を体験できる本格的な施設でした。

この施設に入る前に、バスの運転手に随分と脅されました。

「マオリ族はとてもいい人だが同時にとても誇り高い。前に来た観光客で、入村の儀式の時に私語をしていたことに激怒したマオリの人が、その観光客に激しい頭突きをしたことがあった。入村の儀式だけはきちんとするように」

子どもにも大人にも、一斉に緊張が走りました。

迎えてくれたのは、サングラスをした大柄なマオリ族の方。

僕らには全くわからない(僕には英語すらわからないのですが涙)マオリ語で何か呪文でも唱えるように話し出し、、、ほどなく儀式は終わりました。

彼は、僕ら一人ひとりと握手をし、「Kia Ora!(キオラ!)」と声をかけてくれました。

「Kia Ora!」は、ハワイのアロハ(Aloha)のうようなあいさつの言葉。
こんにちは、こんばんは、ありがとう。どんな意味にもなる言葉だそうです。

彼らは、僕達のために食堂にアフタヌーンティーを準備してくれました。
この一団のチーフに指名された東さん。イエイ!と親指を立てています。
入村の儀式にチーフとして代表で臨んだ時のド緊張が解け、ほっとした表情です。


そして、僕らが一息ついた頃、彼らはとても丁寧に施設の説明をしてくれました。
今夜僕らが眠る家のこと、

家の中の天井の模様や、柱の意味、

壁の彫刻や屋根の細部に至る全てに込められた意味や、

マオリの伝説や、マオリの人々が信じている神様のことなどを、僕らが分かるようにゆっくりと説明してくれました。


その後、場所を変えて、マオリ独特の威嚇に満ちたかなり攻撃的な歓迎式典で、他の観光客と一緒に、僕たちは改めて迎え入れられました。

続いて、彼らは料理や日常の遊びなどマオリ族の伝統的な普段の暮らしを見せてくれました。


夕食はマオリ族の伝統料理「ハンギ」。
野菜や肉などの蒸し料理。
特別なお祝いなどの時に食べられるご馳走なのだそうです。

夕食後、キャンプファイヤーをしてくれました。
夜はしっかり寒いので、暖かいホットココアが優しい。

やっぱり今日も日暮れは21時過ぎ。

頭上には見たことのないような星空が広がっていました。


オリオン座が日本で見るのとはまるっきり逆さまに見えました。
オリオンの頭が下に来ています。

冬の大三角形が見えました。こちらだと「夏の」になるのかな。

ふたご座も逆さまでした。

普段は見えない細かい星がいっぱい見えました。

天の川もはっきりと。

そして、南十字星。

僕が分かる限り、指さしながら、高校生たちに教えてあげました。

彼ら彼女らは、一つ一つに高校生らしいキラキラした歓声を上げていました。


「ニュージーランドの人々の心の広さや、マオリ族のように自分達の生活や伝統を誇りに出来る、そんな所に心が打たれました。自分もこうなりたい、という理想や、新たな大きな夢もできました。

国境を超えての交流を通して、改めて平和な世界になって欲しいと思いました。
言語が異なっても、人種が異なっても同じ人間であるということを改めて思いました。

もう一度ニュージーランドに来たいです。」

(参加者の感想文より)

2013年1月13日日曜日

NZ未来日記⑧ 景色になる

ネイピアの町並み。
1931年の大きな地震で壊滅した町は、当時流行していたアール・デコ様式を取り入れた町並みに変貌したそうです。

アール・デコが流行していた1920年以降は、飛行機が飛び、汽船による観光旅行が盛んになり、汽車や車はスピードを上げ、世の中のあらゆるものがめまぐるしく動き始めていた時代だったそうです。

こんな時代背景が、建造物や文字に見られるような、直線的だったりスピード感溢れる流線型のデザインに大きく影響しているそうです。


今は今で、ちょっと気を抜くとあっという間について行けなくなるほどに充分めまぐるしい。

僕は気を抜いてばかりなので、時代にまったくついていけていませんが。

町並みから歩いてすぐのところに浜辺が広がっていました。
おっ、先客がいた。

我らがジャパニーズ草食系ボーイズでした。


NZの景色はどれも静かで優しい。

ネイピアからロトルアに向かう道すがら。
山?丘?どこまでも続くようです。
ロード・オブ・ザ・リングや、今上映中のホビットの舞台になったそうです。

今いるここから、20km先までずっと牧場が続く。どうやら世界一の広さの羊牧場地帯らしい。空が晴れてきた。

羊の群れ。羊が。。。。。。何匹でしょう。

タウポ湖。シンガポール全部を入れてもまだ余るほど大きい湖なのだそうです。
でもシンガポールの大きさがイマイチ分かりません。

木陰で一休み。

地熱発電所。
NZには、原子力発電所はない。

水の力は凄まじい。有名な滝らしい。

NZのシンボルにもなっているシダの葉。
オールブラックスのマークもこれです。


今思えば、いくつもの風景の中でNZの乾いた空気をいっぱい吸い込んでいた僕たちは、いつしか景色の一部になっていたような気がします。

何かをしたわけではないのに風景の一つ一つをはっきり思い出せるのは、きっと皮膚が空気を記憶しているからなのだと思います。

NZ未来日記⑦ 真ん中にかぼちゃがあった

この「築こう未来プロジェクト」の真ん中にあったのは、かぼちゃでした。

あまりに広大な。
僕達のかぼちゃ畑。


僕が今の仕事につくまでは、恥ずかしながら、ニュージーランド産のかぼちゃがあるなんて全く知りませんでした。

むしろ、かぼちゃの産地に思いを馳せるということそのものがなく、なんとなく「冬至にかぼちゃを食べるらしい」くらいのものでした。

それに、ご飯のおかずにならないので、正直なところあまり好きではありませんでした。

僕にとっては、そんな存在でしかなかったかぼちゃです。

だから、3~4月ころのかぼちゃはニュージーランド産のかぼちゃが出まわるんですよって言うと「えー知らなかったー」っていう人の気持ち、よーく分かるのです。


今回参加した高校生のみんなの中にも、このプロジェクトで初めて知った人、いたんじゃなかろうか。




今、僕はかぼちゃが大好きです。

アルミホイルで即席落し蓋を作って、自分で煮たりもします。

僕の作るスープは我が家の娘達に大人気です(そう思っています)。

かぼちゃ団子も作ります。

自分だけのお気に入りのかぼちゃもあります。

あそこの産地のあの品種です。


大好きになったのは、やはり、その背景を知ったからです。

かぼちゃを作っている人とか、そこに関わるたくさんの人の思いとか、作っている場所とか、気温とか空気とか、もしかしたらその産地で食べたオムライスが美味しかったからとか、かぼちゃと全然関係ないこととか。

日本から1000km近く離れているNZでも、それは同じです。

作っている人とか。。
やっぱり似てる。。。

物事には背景があって、どんなことにも必ず理由があるもの。

それに思いを馳せながら、食卓でかぼちゃを食べる。

こんなに豊かなことはないと思います。

いつもいつもそんな風にして食べちゃいないけれど、知っているだけで、それだけでいいと思います。


もちろんそのかぼちゃそのものがホクホク甘く「美味しいこと」は大前提ですけれど。


今回参加した女子の一人は、学校帰りに自分でスーパーへ行き買い物をし、夕ご飯を作っているそうで、いつか料理で誰かを笑顔にしたい、という夢を応募作文に書いてくれました。

「どうして輸入品は安いんだろう」「国産品と何が違うんだろう」そんな風に思うようになったそうです。

今回そんな疑問の答えに彼女が近づけたかどうかは分かりませんが、それでも、彼女にとって、みんなにとって、何かのきっかけになってくれていればと願っています。