山形県鶴岡市のだだちゃ豆の産地に行ってきました。
だだちゃ豆の「だだちゃ」は、庄内地方の方言で「お父さん」「親父さん」の意。
江戸時代の庄内地方の殿様が、献上された枝豆があまりにおいしいもんで、その後も「小真木(集落)のだだちゃの枝豆が食べたい」としきりに言ったことが由来とされています。
このだだちゃ豆、同じ種を別の地域で植えても決して同じ味は出せないという、とても「わがままな」豆。
この鶴岡の風土じゃないと、おいしくなってくれない。そういうの、いいですね。
でもここまでは、結構聞く話。
今回は、JA鶴岡のだだちゃ豆担当神尾さん、生産者の五十嵐さんご夫妻に、江戸時代の味が今に受け継がれている、その背景を教えてもらいました。
JA鶴岡のだだちゃ豆生産者は317人(22年現在)。
そのだだちゃ豆の種は、各農家の自家採種。種屋さんで買うのではありません。各農家で、次の年の種にするために、出荷用とは別に「種用だだちゃ豆(原種)」を作付をしているのです。
種用の豆として乾燥させていたものを去年撮影させてもらったのが下の写真。
今回さらに驚いたのは、各農家が作る「種用だだちゃ豆」のその種(原々種)を作る生産者がいらっしゃるということ。
317人の中の、わずか5人の方がその原々種を作っているのです。
今回お会いした五十嵐さんご夫婦もその一人。
だだちゃ豆は環境によって形状や質が変異することもあり、出来た豆をただ蒔いていたのでは、変わらない品質は守れません。
だから、厳選に厳選を重ねて、種を守っているのです。
選ばれた生産者が、目と手で、次につなぐ最高の種を選別しています。
「いい形状の、いい種を選ぶのが一番難しい」
五十嵐さんは言います。
だだちゃ豆がおいしいのは、環境のおかげだけじゃないことを知りました。
今回の、「旅の思い出ポートレイト」は、農協のだだちゃ豆担当、神尾さん。
豆への思いはとても深く、熱い方です。なんでも丁寧に教えてくださり大変お世話になりました。
この日、7月7日は、なんとなんと、神尾さんご夫婦の入籍記念日だそうです。
ボディビルダーでもある神尾さん。
豆畑の中で、幸せのポーズをとってくれました。
広い広い庄内平野の緑の中、爽やかな初夏の風に吹かれ、一際映えていた神尾さんでした。
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