2013年6月9日日曜日

最後の馬乗り

娘たちが通っていた幼稚園は、卒園した後も園舎で英会話の教室があり、彼女たちは今も週に3回そこへ通っています。

今日はその授業参観&お祭り。

授業の合間に、園庭で下の娘と馬乗りをしました。

小学校2年生までは親と一緒じゃないと乗れないのです。

5年生の姉は友だちとどこかへすっ飛んで行きました。


まず僕が乗り、続いて彼女が馬へまたがる。

僕は馬に乗るのは去年のフィリピン以来の2度目。

フィリピンで乗った農耕馬と違い、体がとても細かった。

上から馬を見下ろすと、首から頭にかけてなんて平べったいのでしょうって感じです。

油断すると右か左に落っこちてしまいそうで我ながら情けない。

娘を後ろから抱くように馬の背の鞍に乗り、園庭を半周しました。

けっこう日差しが強くて、馬が想像以上に平べったくて、随分大きくなったようなまだまだ小さいような8歳の娘。

たった2~3分の馬乗りでした。

彼女は来年3年生になるので、来年の今日はもうひとりで馬に乗れます。

終わってしまうのがとても惜しい、最後の馬乗りでした。


2013年6月8日土曜日

二十世紀の袋がけ、福島にて。

みんなで、産直センターふくしまの梨生産者、阿部さんのところへ梨の袋掛け作業のお手伝いにやってきました。

この前の受粉作業の時は、終了4分前に到着し、梨の樹の除染を1本だけやっただけなのにしっかり集合写真に写り込むという暴挙に及んでしまったので(僕は写真は拒否したんです。。。)、今回は頑張ろうと決意も新たに臨んだのでした。

あの日みんなが強風のさなか受粉した梨たちは、どれもしっかり着果していました。
これから適果です。

今はこのくらいの大きさですとノギスで教えてくれました。


今日は、二十世紀梨の袋掛け。

幸水や豊水は袋掛け作業は不要なのですが、二十世紀は表皮がデリケートなので袋掛けが必要。

それも、2回も。

今回の小袋と、もっと大きくなってからかける大袋。

こんなに手間がかかるのに、そんなに高価で取引されるものでもないため、今ではあちらこちらで樹が切られているそうです。

今回袋掛けをやってみて、ああ確かに年配の人たちにとってこの作業は大変かも、と実感しました。

阿部さんのレクチャーを受け、さあスタート。

とってもなるほどだったのは、徹底的に効率的な動きをすること。

袋の持ち方。
こうするといちいちポケットに手を入れる手間がかからないのです。なるほど。

袋は「後ろ」からかけること。
「後ろ」とは、実が突き出している逆側ということ。なるほど。

谷口さんも真剣です。なるほどなるほど。

枝は片側だけ見て作業し、端まで言ったら枝の逆側をからまた見ると見落とししにくいこと。
まだ真っ青の梨の実は、葉の色と同じ緑なので、何度も見ないとけっこう見落とすのです。
おっ!いたいた!
見つけるたびに声を上げる、ずっとそんな感じでした。

ほかもろもろを、阿部さんはとても具体的に教えてくれました。

みんなで黙々と袋掛けスタートです。

ずっと上向きの作業です。

気温はそんなに高くなく、23℃くらいです。

棚の下なので、棚間から木漏れ日がチラホラ差し込む程度で、今日は作業するにはちょうどいい状況でした。

気持ちいい風が吹き抜けていきます。

枝にかけてあったラジオから、ビージーズの「若葉の頃」が流れて来ました。

いい感じです。

まあそんなのんきで悠長なことは、僕達が今日だけの作業だから言えることですけれど。

ちょっと休憩。

服部さんも、大胆に休憩。

阿部さんの奥様が作ってくれた浅漬。美味しかった。

午後もしっかりやりました。


僕たちは、「売れる」とか、「売れない」で会話をすすめ、ややもすればそれだけで話が終わってしまうこともあります。

それはそれで重要なことなのですが、それだけで終わってしまうとちょっと寂しいというか貧しいというか。

「二十世紀は、このへんではどんどん減っている。なぜ作っているかというと、欲しいという人がいるから。その人達のためだけに作っているようなものです。」

そう阿部さんは言います。

一つの天秤だけで量ると、消えていってしまうものもあるのです。

袋掛けをしながら、阿部さんのお話を聞きながらそんなことを考えました。

来るたびに、作業をさせてもらうたびに、いつもいろんなことを教えてもらいます。

実際は、お手伝いなんかではなく、僕達が教えられているのです。


収穫体験は最高にたのしいけれど、もしかしたらそれよりも、もっと大切なことが畑にはあると思います。

作業させていただいた阿部さんに本当に感謝です。


ラジオからはH2Oの「想い出がいっぱい」が流れて来ました。

なんか出来過ぎな感じです。







2013年6月6日木曜日

露しずく


こんなに透明でも、トマトジュースです。

宮城県大崎市鹿島台で作られているデリシャストマトを、何度も丁寧に濾して作られたトマトジュース。

その名も、「デリシャストマトジュース 露しずく」。

不思議なおいしさです。

「露しずく」。

名前がやるなぁ。


とってもおいしいものがあって。

でも残念ながらその美味しさが充分に伝えきれていない。

そういったものを僕は結構知っています。

僕で止めてはいけないので、どうにか伝えたい。

「あじわい」「芳醇」「芳香」「幻」。。。

考えれば考えるほど、何を伝えたいのかがよく分からなくなってくる。

いけませんいけません。


ちょっとじっくり考えてみようと思います。

2013年6月5日水曜日

八百屋な花屋の八重ハイビスカス

八重のハイビスカス。

珍しいから仕入れたんだ、とその花屋の社長が笑いながら言ってる。

花が好きな母親へ、おすすめの花屋さんを教えてあげました。
何がおすすめかというと、ノリが「八百屋」なところです。


お客さんに「これいくら?」
と聞かれて、

「うーん、ナンボでもいいよ!」
と応える社長。

お客さん困っている戸惑ってる。

すると何をどう考えたのか社長は、
「じゃあ800円で!」
と応える。

あー八百屋だこれ。このノリ。


でも、この商店な感じは、きっととっても大切です。
花屋には、次から次へとお客さんが途切れなくやって来る。

「また来たの!昨日も来たでしょ。まーずよく来るねー」

とは、社長の言葉。

お客さんに向かって、何ともご挨拶ですね。


でも、こんな原始的なやりとりが、花屋さんはまだあるのかも。

そういえば、以前、もう2年前になります。あれば地震の年の5月だ。
娘たちが母親の誕生日に近所の花屋へ花束を買いに行った時、花屋さんのおばちゃんと随分いろんな話をしたのを思い出しました。

そんな会話から、花束を贈られる母親の好みや、子どもたちの気持ちを推し量りながら、花束を作ってくれました。限られた予算内で。

会話の合間には、彼女がどうして花屋さんになったか、とか、子育ての話だとか、いろんな四方山話をしました。

果たして、とても素敵な花束が出来上がりました。
長女からの花束。

次女からの花束。


ネット通販で薬が買える世の中もいい。
欲しい物を欲しい時に欲しい分だけ買う感じ。

商店で代わり映えのしないいつもの物を買うのもいい。
もしかしたら欲しい物よりも、会話とか、顔を見るのがお目当てだったりして。


花屋の社長を見ていてしみじみ、商いは暮らしだなぁ人の営みだなぁと思いました。

2013年6月4日火曜日

ストーリー


カリカリベーコンのシーザーサラダ。

激しくうまい。


店内では、普段は消えているTVが点いていました。

なにやら今日は、サッカーの大切な試合があるようなのです。

試合が始まる前は、対戦相手であるオーストラリアがいかにこの試合負けられないかをいろんなVTRを流し、日本にとっていろんな因縁があったことを紹介し、オーストラリアの監督だったか選手だったかが日本は最強のライバルだなんて言ってて(字幕なので実際はどんなニュアンスなんだか)、最後にナレーターが「オーストラリアは背水の陣でこの戦いに挑みます!」と過剰に熱く訴えていました。

なんだか無理やり盛り上げようとしてるんだなー、真剣勝負なんだろうに安っぽいドラマに仕立てようとしてるなー、予定調和作ろうとしてるなー、「背水の陣」の使い方間違ってるなーなんて思いながらなんとはなしにセロリの柚子醤油漬けをつまみながら画面を見ていました。

その内に点を取られて、取り返して、引き分けに終わって、店内のみんなみんな大喜びしていました。

誰かの号令で店中が今日何度目かの乾杯をしているところ、僕はそっと店を出てバス停に向かいました。

たぶん先週行った、夜9時には駅の地下道のエスカレーターが止まりただの階段と化す静かな鳥取の町でも、大賑わいしているのでしょう。


今日は約束していたものをお渡しすることが出来たので、そして喜んでいただけたので、それだけで満足でした。

さらには、そのあとも美味しいお酒を飲めたので、僕にとってもいい夜でした。

まあ、点はとってもいないし取られてもいませんがね笑。


どんな瞬間も、終わりも始まりもない、ストーリーの断面なんだと思います。

ここは、ストーリーの交差点だなぁと思いました。


今度は、出来れば大切な試合にぶつからなければいいなぁと思うのでした。

2013年6月2日日曜日

ろうそくをかぞえて


ゆっくり時間のある日曜日、落ち着いて改めて誕生日のお祝いをしました。

ろうそくは8本。

アイスケーキについてきた10本のろうそくを、次女はある分全部挿したかったらしく次から次へと勢い良く挿していってましたが、あなたはまだ8歳でしょうととりあえず8本で我慢させました。

でも、彼女はいつまでろうそくを一緒に立ててくれるのでしょう。

10本?12本?20本・・・はまぁないか。

本人が嬉しいのと同じように、まわりのみんなも嬉しいのです。

それは、一人で生きていてはきっとなかなか分からない嬉しさであり、いずれじんわりあたたかくも苦い記憶になるのだと思います。

果たして炎は、ひと吹きできれいに消えました。

2013年6月1日土曜日

ねじれビル

名古屋。

ホテルの窓から見えるビル。

ちょっとねじれたビルだなと思っていましたが、

翌朝見たら、それは、ちょっとどころではありませんでした。

専門学校なのだそうです。

なんでも、「時代の最先端を行くエネルギーをもつ学生が、切磋琢磨し絡み合いながら上昇して、社会へ羽ばたいていく様を表している」のだそうです。

ねじれではなく、らせん(スパイラル)なのだそうです。

知らないうちに捻くれてしまわないよう気をつけたいものです。

これから岐阜へ向かいます。